SUBARU LEONE [2nd]
「SUBARU 1000」シリーズ
の実質的な後継車である初代『LEONE』は昭和46(1971)年に
「1400COUPE」のみ、「GSR/GS/GL/DL」の4グレードで登場する。
発売時のカタログには「曲面構成が美しい、野性味あふれるスタイル」「ドライバーにしっくりとなじむコックピット」「すぐれた操縦安定性、定評あるハイメカニズム」「充実した安全設計、一歩さきをゆく公害対策」としている。
定評ある「スバルFF方式」を継承、エンジンは1000、1100、1300の後を受け1400ccを搭載。
「スポーツタイプ《GSR/GS》」にツインキャブの「EA63S型」「水平対向4気筒・水冷4サイクル93ps/6800rpm最大トルク11.0kgm/4800rpmを「標準タイプ《GL/DL》にはシングルキャブの「EA63型」「水平対向4気筒・水冷4サイクル80ps/6400rpm最大トルクは10.5kgm/4000rpmを搭載した。
いずれも「ラック&ピニオン」式ステアリング、前「マクファーソンストラット式」後「セミトレーリングアーム式」の4輪独立懸架だった。
ちなみに車名の由来について
「●”レオーネ”―それは生まれながらに王者の 風格を見につけた「雄ライオン」
●”レオーネ”―それは原始の荒野をひとりゆく 「勇者」
●”レオーネ”―それは獲物を狙って身がまえる
ライオンを擬した「獅子宮星座」
…………をそれぞれ意味するイタリア語です」
と説明している。
フロントヴューが重厚な感じになったというのが小生の第一印象だった。
その後の進化の概略を時系列に列記すると、翌昭和47(1972)年から昭和48(1973)年にかけ「1400/1100SEDAN」
「ESTATE VAN 4WD」などと「HARDTOP」追加や安全公害対策などのMC、「1100」を「1200」にサイズアップするなど進化する。
さらに昭和50(1975)年には「50年排ガス規制」に備えてのMC、量産車としては世界初の「4WD SEDAN」
を追加した。
秋には「51年規制適合SEEC-T」シリーズを発表、「1600シリーズ」を追加「1200シリーズ」を廃止し、昭和51(1976)年に「51年規制適合SEEC-T」シリーズに「4WD SEDAN」を追加。
翌昭和52(1977)年春、初代最終版が「53年規制適合車」に進化して登場する。
ボディスタイルと共にダッシュボードなど内装も変更、秋から昭和53(1978)年にかけ「1600GRANDAM」を追加するなど「1600シリーズ」も充実させた。
そして昭和54(1979)年、2代目『The New LEONE』が登場する。
発売時のカタログ冒頭に「理想の車とは何か。来るべき次の時代に求められる車を予見し、つねに独創の道を歩み続けるスバルが、いま、80年代に向かって新しい回答を発表します。」とあり、「単なる効用性を超え、持つことに誇りを覚えるハイクオリティなサルーン、それが、The New LEONEです。」とまとめている。
「●水平に流れるラインを基調としたフォルム。
●コンパクトな水平対向アルミ合金エンジン搭載を象徴する、低いフロントフード。
●アウターパーツをできる限りビルトインしたボディ表面。
●窓まわりがすっきりと整理されたサッシュレスドア。
●ボディ全周をとりまくオールラウンドプロテクター、ひときわ印象的な大型灯体類など、」を特徴としている。
見た目の特徴は、角型ヘッドランプ、サッシュレスドア、セダンのシックスライトウインドウ、ハードトップのオペラウインドウだ。
4ドアセダンと2ドアハードトップの2タイプで登場、エンジンは勿論「水平対向4気筒・水冷4サイクルOHVの「EA81型」(新設計)1800cc100ps/5600rpm15.0kg-m/3600rpmと「EA71型」1600cc87ps/5600rpm12.3kg-m/3600rpmの2機種を搭載した。
ここに、発表会時のカタログからの画像をご紹介する。
その後「スイングバック」を追加するなど進化していくが、それらについては別途ご紹介する。
登場の昭和54(1979)年は第2次大平内閣成立の年。
また、当時の日本電信電話公社(現NTTグループ)が世界初のセルラー方式「自動車電話」サービスを開始(東京23区)した年でもある。
便利な世の中になったものだと思ったが、反面、近い将来、常に管理される時が来るのではと思った記憶だ。
実際6年後には携帯電話のレンタルが開始されている。
重量が約3kgもあって重かったが、懐かしい‼
最後に…、くるまファンとしては、
富士重工の特徴あるくるま造り、是非とも継続してもらいたい。
(敬称略)
[2022-3]