MAKER歴史探訪 DAIHATSU

「ダイハツ」の歴史は明治40(1907)年創立の「発動機製造(株)」に始まり今年で114年にもなる。

大正時代は軍用自動車や鉄道車両用機器などにも進出した。

昭和5(1930)年、三輪自動車第1号の「HA型」を完成させる。

発動機メーカーとして、当時乱立していたオート三輪メーカー向けエンジンの製造販売を目論んだものの外国製エンジンの実績と外国製品崇拝の風潮に勝てずにいた。

ならば、ということで自前のエンジン搭載の三輪トラックそのものを製造することにタイムリーに転換した事が結果的には三輪車市場をリードし、あのミゼットを生むなど現在に繋がる企業基盤を築く源となったという事だ。

商用車メーカーとして発展してきたが乗用車製造にも意欲的で、早くも昭和26(1951)年には三輪乗用車「BEE」を誕生させている。量産には到らなかったものの本格的な仕様だった。

そしてこの年、社名を「ダイハツ工業(株)」に変更した。発祥の地大阪の「大」と発動機製造の「発」がその由来であることは知る人も多い。

創立50周年に当たる昭和32(1957)年には「ミゼット」が登場、大ヒットした。本格的乗用車進出の『コンパーノ』が登場するのは昭和38(1963)年のことだった。

ここにご紹介するのは、その直前、創立55周年に当たる昭和37(1962)年に発行された「DAIHATSU 1963」総合カタログからの画像。

本社工場の全景に始まり

設計から組立ライン、検査ラインまで内部の概要を紹介している。

製図版と黒電話がなんとも懐かしい‼

「会社の概要」には役員名簿まで載せ、「会社のあゆみ」を漫画で紹介している。

ここでは、海外で活躍する「ミゼット」が誇らしげ⁉だ。

そしてここからは、このパンフレットが発行された年に発売された「ハイライン」から製品を紹介。

続いて「ハイゼット」と

大好評の「ミゼット」。

それから、すでに最盛期を過ぎていたが、東洋工業(現マツダ)と市場トップの座を競ってきた「3輪トラック」を載せている。

まき用の古材を満載して銭湯の裏口への路地に入っていく姿を鮮明に記憶している。

正に小回りの良さが売りだった。

昭和47(1972)年まで製造された。

「ライトバス」も昭和47(1972)年頃まで製造された。

そして特装車の紹介があり、

最後に建設機械やドアーチェックまで紹介している。

さて、昭和38(1963)年は第3次池田内閣成立の年。

寿屋が「サントリー」に社名変更した年でもある。

プロ野球日本シリーズで巨人が西鉄を4勝3敗で制し2年ぶりの日本一となった年。

鉄腕アトム放送開始の年で鉄人28号やエイトマンの登場もこの年だった。

 最後に、得意の軽と小型車の分野で更なる進化を期待している。

(敬称略) [2021-6]

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