BLUEBIRD U

 「BLUEBIRD」の前身を辿れば、昭和6(1931)年からの長い歴史の[DATSON「翌昭和7(1932)年からはDATSUN」]

[日産自動車三十年史より]

だ。

[全長8尺―9寸全幅3尺―8寸で、エンジンは「L型」[4Cyl.495cc]。

トランスミッションは選択摺動式の前進3段後退1段で最高速度45哩/時、乗車定員2人]だった。

その後、様々な改良を経て[16型COUPE]

[日産自動車三十年史より/この時代のデート⁉素晴らしい。]

などが登場した。

現在、横浜工場ゲストホールに展示されている昭和12(1937)年デビューの[16型 ROADSTER]

には、「7型」

[日産自動車横浜工場ゲストホールにて小生撮影]

[722cc直4SIDE VALVE16ps/3600rpm]エンジンが搭載されていた。

そして戦後、将来を見据えた新型の開発が進められ、昭和30(1955)年には現代につながる[110型]

[日産自動車三十年史より]

が開発される。

[DS‐6型]

[日産自動車三十年史より]

から継承されたエンジンは「D10型」[直列4気筒SIDEVALVE860cc25PS/4000rpm5.1kg‐m/2400rpm]だったが、ボデーと耐久性を大幅に向上させた。

さらに昭和32(1957)年、新鋭「C型」[4サイクル水冷頭上弁式直列4気筒1000cc34馬力(毎分4400回転)6.6kg・m(毎分2400回転)]エンジンを搭載し、さらなる改良を加えた[210型]

[[210型]カタログより]

が登場する。

通称豪州ラリー「1958モービルガス・トライアル」に「富士号」

[模型/日産自動車横浜工場ゲストホールにて小生撮影]

「桜号」の2台が参戦、1000cc以下「Aクラス」でそれぞれ優勝と4位を獲得した。これが「DATSUN」の名を世界に告げる足掛かりになった。

そして昭和34(1959)年夏、その後を受けてトラックベースからの脱却を果たした「DATSUN BLUEBIRD」の初代[310型]

[1000ccカタログより]

1200cc「E型」[43PS(4800rpm)8.4kgm(2400rpm)]エンジンと1000cc「C型」[34PS(4400rpm)6.6kgm(2400rpm)]エンジン搭載車が余裕の4人乗りで誕生、その後の日産の中核をなすことになる。

車名は、当時の社長であった川又克二による英国メーテルリンクの小説「幸福の青い鳥」にちなんでの命名だ。

そして、同年秋には定員を5名とした。

その後、翌昭和35(1960)年7月に「ESTATEWAGON」が登場する。

さらに、同年10月には[61年型]として[311型]

[カタログより]

が登場する。

エンジンは1200cc「E1型」[55PS(4800rpm)8.8kgm(3600rpm)]と1000cc「C1型」[45PS(4800rpm)7.2kgm(4000rpm)]が搭載された。

また、昭和36(1961)年初旬には本邦初の女性仕様車「FANCY DELUXE」

を発売した。

さらに、同年夏のMCで[312型]

に進化。

翌昭和37(1962)年「サキソマットAT車」を設定、MCを経て「フロント セパレートシート車」も設定された。

そして翌昭和38(1963)年秋、64年型として2代目[410型]

[誕生!パンフレットより]

が登場しバトンタッチされた。

日産初のフルモノコック「新ユニットコンストラクションボデー」を採用。

4DOORSEDANと5DOORWAGONの2タイプ、エンジンは「E1型」[1200cc55ps]と「C1型」[1000cc45ps]の2タイプで15車種での登場だった。

時代にマッチした高速安定性耐久性、居住性向上、安全性などを重点に設計されたと聞く。

イタリアのピニンファリナによるデザインで欧州調のお洒落な感じだったが、第一印象が「HIP DOWN」‼…は記憶に新しい。

そして「ESTATEWAGON」

[カタログより]

がデビューする。

その後数度のMCを経て、昭和40(1965)年のMCで[411型]に進化。

昭和41(1966)年には1300VAN

[カタログより]

が登場する。

そして、昭和42(1967)年に誕生したのが3代目[510型]

[カタログより]

だ。

キャッチフレーズは「新しい時代の新しいセダン!」。

企画のポイントは「SUPER SONIC LINE」と「7つの機構」だった。

「SUPER SONIC LINE」とは「強力なPOWERで大気を切り裂いて進む高速JET機のフォルムを受け継いだ“くさび”形のシャープなシルエット」で「7つの機構」とは[①三角窓のない新鮮なスタイル②新設計「L13型」ENGINE③新ストラット型前輪独立懸架④新セミトレーリング型後輪独立懸架⑤カーブド・ドアガラス⑥新換気装置⑦安全設計]だとされた。

2代目[410]の丸みを帯びたスタイルから俄然シャープなスタイルになったというのが当時の直感だった。

新設計の「L13型」[4サイクル水冷頭上弁OHC式(ガソリン)直列4気筒1296cc72ps/6000rpm10.5kgm/3600rpm]エンジン搭載で「SUPER SONIC LINE」にふさわしい性能だった。

「SUPER SPORTS SEDAN」にはさらに高性能な「L16型」同[1595cc100ps/6000rpm13.5kgm/4000rpm]が搭載された。

翌昭和43(1968)年には「L16型」搭載の「DYNAMIC」シリーズと「2DOORCOUPE(シーケンシャルウインカー装備)」

[カタログより]

を追加。

昭和44(1969)年のMCを経て昭和45(1970)年には直4SOHC「L18型」[115ps/6000rpm(RG*110ps/6000pm)15.5kgm/4000rpm(RG15.0/4000rpm)]搭載の「1800SSS」を発売、1.3Lエンジンは1.4Lに拡大、4DOORSEDANに「GL」

[カタログより]

を追加した。

そして、昭和46(1971)年、4代目[610型]になる『BLUEBIRD-U』が発表・発売される。

同時に[510型系]は車種整理され1.4/1.6Lの廉価版がメインとなったが、「SSS」は105PSにPOWERUPした。

[610型]は当初1600cc[SEDAN4/HARDTOP3/VAN2]の9TYPEと1800cc[SEDAN3/HARDTOP4/WAGON1]の8TYPEが設定された。

ENGINEは1800cc「L18型」[4サイクル水冷頭上弁OHC式(ガソリン)125PS/6200rpm16.0kgm/3600rpm電子制御燃料噴射装置・105PS/6000rpm15.0/3600rpm2連式気化器と

同110PS/6000rpm15.0kgm/4000rpm(ハイオク115PS/6000rpm15.5kgm/4000rpm)SU型ツインキャブレター・105PS/6000rpm15.0kgm/3600rpm2連式気化器]。

「L16型」[4サイクル水冷頭上弁OHC式(ガソリン)105PS/6200rpm13.8kgm/4200rpmSU型ツインキャブレターと100PS/6000rpm13.5/4000rpm2連式気化器]が搭載された。

そして翌昭和47(1972)年には「1800SSS/1600SSS」共に5MTを追加。

1800ccSEDANに「SSS-E/SSS-L」、1600ccSEDANにも「SSS-E」を設定した。

併せて、1600ccHARDTOPにも「SSS-E」を設定した。

さらに昭和48(1973)年には「2000GT(別途ご紹介)」を追加した。

ここに『U』の新発売時の頃の簡易カタログからの画像をご紹介する。

正直なところ小生も大好きだった[510系]が

昭和47(1972)年に製造を終了したのは残念だったが、仕方のないことだ。

[610]誕生の昭和46(1971)年は、沖縄返還協定が調印された年。

日清食品が「カップヌードル」を発売した年でもあった。100円だった。

少々残念だったのは、八王子でわが国初の「ノーカーデー」が実施された年でもあったことだ。

最後に、今年創業90周年の日産自動車。

今後にも大いに期待したい。

[☆仕様表記は、(原則)使用したカタログや展示看板表記通りなので統一性無し。

☆(RG*)はレギュラーガソリン使用の場合。]

(敬称略)

[2023-10]

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