DAIHATSU CHARADE

「ダイハツ」は今年113周年を迎えた歴史あるメーカーだが、そのわずか2年後、後に大作家になる松本清張が誕生する。全くの偶然だが、彼はダイハツと同時代に歩んだわけだ。

代表作の「点と線」ほか絶妙な推理小説は今も人気だ。

推理小説と言えば巧妙に仕組まれた事件の謎解きがなんとも言えない魅力だが、昭和38(1963)年に公開されたオードリーヘップバーン主演のアメリカのサスペンス映画「CHARADE」を和訳すればズバリ「謎解き」だ。

そこで今回は、その「謎解き」が命名の由来で、「未来を謎解きした車」とされる『CHARADE』の初代をご紹介する。

登場したのが昭和52(1977)年。

「より豪華なものへ、より大排気量へ」に疑問を抱いたダイハツが「白紙からの研究・開発」をしたという自信作だった。

ゆったりの室内空間を誇る5人乗り5ドア「4ドア+ハッチバック」のボディに世界初「CB型横置水冷直列3気筒4サイクルOHC1000cc55ps」エンジン搭載の「FF」で、当時、自動車先進のヨーロッパで人気の「5㎡(路面投影面積)カー」と肩を並べる正に先進のくるまだった。発売時のカタログに「世界の、5㎡カー シャレードの仲間たち」として当時のヨーロッパの人気車「ルノー5」「プジョー104」「フィアット127」「VWポロ」「フォード・フィエスタ」を写真入りで紹介しているのも珍しいが、ライバル視ではなかったのが時代を感じさせる。

早速、登場の時のカタログをご覧いただくことにする。

翌昭和53(1978)年にはクーペをラインナップしたが、別途ご紹介する。

さて、登場の昭和52(1977)年はどんな年だったか振り返ると、高齢化が進む日本が長寿世界一になった年。

天気予報に大活躍の気象衛星「ひまわり」が打ち上げられた年でもある。

スポーツ界では王貞治がホームラン世界記録756本を達成し、これが国民栄誉賞創設の足掛かりとなった。また、全米女子ゴルフ選手権で樋口久子が日本人として初優勝の快挙。

芸能界では「喜劇王」チャップリンが逝き、国内ではピンクレディーで盛り上がっていた。

一方、レコード大賞は沢田研二の「かってにしやがれ」が受賞。ベテラン小林旭の「昔の名前で出ています」が大ヒットしたのもこの年。

単行本売上ランキングによると、前年に出版された自動車評論家徳大寺有恒の「間違いだらけのクルマ選び」がこの年出版の(続)編と合わせベストワンになっている。クルマ社会が成熟期を迎えつつあった時代を象徴する出来事だったのだろう。

(敬称略) 「2020-9改」

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